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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1067号 判決 1960年3月30日

控訴人 田中敏雄

被控訴人 矢部智才枝 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人矢部は控訴人に対し、原判決添附物件目録記載の不動産につきなされた原判決添附登記目録記載の各登記の抹消登記手続をなせ。被控訴人高橋の本件参加の申出を却下する。仮に右参加が許されるとすれば、被控訴人高橋の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人矢部及び被控訴人(参加人)高橋の各代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者等の事実上の陳述及び証拠関係は、控訴代理人において控訴人が本件建物に居住しこれを占有していることは認めると述べたほか、原判決摘示の事実及び証拠関係と同じであるからこれを引用する。

理由

先ず被控訴人(参加人)高橋の本件参加申出の適否について判断するに、

(一)  被控訴人(参加人)高橋は、先ず民事訴訟法第七十三条により本件参加の申出をするから、この点についてみるに、控訴人(第一審の原告)の被控訴人(第一審の被告)矢部に対する本訴請求は、本件不動産(原判決添附物件目録記載の不動産)について、被控訴人矢部を登記名義人とする所有権移転請求権保全の仮登記、代物弁済による所有権移転登記、抵当権設定登記、地上権設定登記及び建物賃借権設定請求権保全の仮登記等(原判決添附登記目録記載の各登記)の抹消登記手続を求めるものであるところ、被控訴人(参加人)高橋がその参加申出の理由として主張するところは、控訴人の主張する登記請求権は実体的権利の変動に応じて生ずる物権的請求権類似の権利であつて、実体的な権利と無関係に独立又は遊離して存在するものではなく実体的権利がその基本たるべきものであるから、本件訴訟の目的たる権利とは登記請求権の基本たる権利即ち所有権をいうものと解すべきである、しかるところ右不動産の所有権は、すでに控訴人から被控訴人矢部に対する債務の代物弁済として右矢部に移転したものであり、更に被控訴人(参加人)高橋において被控訴人矢部から贈与によりその譲渡を受けた(但し、その所有権移転登記は未だ受けていない)ものである、従つて被控訴人(参加人)高橋は登記請求権自体の譲渡を受けたものではなくても、その基本たる所有権の譲渡を受けたものである以上、訴訟の目的たる権利を譲受けたものと解すべきである、というにある。しかし控訴人と被控訴人矢部との間の本件訴訟の目的たる権利は、前記控訴人の請求に照し抹消登記請求権であるというべきであつて、たとえ控訴人が所有権に基いてこれを主張するものであつて、その所有権は本件訴訟の訴訟物ではなくこれを訴訟の目的たる権利ということはできないのである(最高裁判所昭和二十八年(オ)第四五七号昭和三十年十二月一日判決参照)。従つて被控訴人(参加人)高橋において右不動産の所有権の譲渡を受けたとしても、(もつともこの場合においてその所有権移転登記をも受けたときは、控訴人の主張する抹消登記請求権に対応する登記名義人としての責任は、右所有権の譲渡に伴いその譲受人にも移転するものということができるのであるが、被控訴人(参加人)高橋は右所有権移転登記を未だ受けていないのであるから、この点は本件においては問題とならない)、それだけで訴訟の目的たる権利を譲受けたものといい得ないことは明かである。よつてこの点の被控訴人(参加人)高橋の参加申出は不適法として許されないものである。

(二)  次に被控訴人(参加人)高橋は民事訴訟法第七十一条により本件参加の申出をするからこの点についてみるに、被控訴人(参加人)高橋がその参加申出の理由として主張するところは、その弁論の全趣旨に徴すると、右高橋は本件不動産につき被控訴人矢部から贈与によりその所有権の譲渡を受け右矢部に対しその所有権移転登記手続を求める権利を取得したもの(同時に右不動産の不法占拠者に対しその明渡を求める権利を取得したもの)であるところ、控訴人は本件訴訟において被控訴人矢部に対し右矢部が現に登記名義人になつている右不動産に対する所有権移転登記等の抹消登記手続を求めるものであるから、本件訴訟の結果のいかんによつては被控訴人(参加人)高橋の右所有権を害されることとなる、というに帰する。被控訴人(参加人)高橋の主張するとおり、本件訴訟の結果若し控訴人の請求が認容されるときは、被控訴人(参加人)高橋の被控訴人矢部に対する本件の贈与による所有権移転登記請求権が害されることになり、被控訴人矢部において更に改めて控訴人に対し新債権及び代物弁済に基く右不動産に対する前記登記手続の履行を請求し、又控訴人においてこれに応じてその履行をするのでない限り(なお、この点については本案における控訴人及び被控訴人矢部の主張参照)、被控訴人(参加人)高橋の右不動産に対する所有権はその権利を完全に実現することが困難となるものと認められるから、(なお、右所有権につき控訴人において登記の欠缺を主張する正当の利益を有するものでないことについては、原判決の理由中、参加人の請求についてのこの点に対する判断を引用する)被控訴人(参加人)高橋の右主張はその理由があるものと認められる。

よつてこの点の被控訴人(参加人)高橋の参加申出はこれを適法として許すべきものである。

以上により、被控訴人(参加人)高橋の本件参加の申出を許すべきものとした原判決は結局相当に帰する。

次に本案についてみるに、当裁判所の判断は、次の点を附加するほか、原判決の理由に説示するところと同じであるからこれを引用する。

(一)  控訴人は、昭和二十九年一月二十三日最初の本件消費貸借契約を締結した際、その担保として本件不動産に控訴人主張の登記(但し所有権移転登記を除く)をしたことを認めたが、右自白は抵当権設定登記に関する部分を除き真実に反し且錯誤に基くものであるからこれを撤回する旨主張する。しかし右自白が真実に反し且錯誤に基くものであることについては、この点に関する原審における控訴人本人の供述は、成立に争のない乙第一号証の一、二、第二ないし第五号証、第八号証の一、原審における被控訴人(参加人)高橋本人の供述と対比しこれを採用し難く、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。却て右対比に供した証拠を綜合すると、当時控訴人と被控訴人矢部との間の約束に基きこれらの登記がされたものであることが認められるから、右自白は真実に反したものとは認められず又錯誤に基くこともこれを推認するに足らない。よつて右自白の撤回は許されないところである。従つてこの点については、右自白によつて判断すべきものとし、これに牴触する原判決の説示部分を訂正する。なお、控訴人が現に本件建物に居住してこれを占有することは控訴人の認めるところである。

(二)  新登記をするに代えて旧登記を流用する旨の合意は、他に登記上利害関係を有する者がなく、且つ登記簿の記載上現在の権利関係としてその同一性が認めうる限りは、直にこれを無効と解し得ないことは原判決に説示するとおりである。本件においては新債権の額、約定利息の割合、担保の目的物等はすべて旧債権のそれと同じであり、且、旧債権は昭和二十九年一月二十三日に成立し同年八月十日に消滅したのであるが、新債権はその後間もなく同年九月十四日に成立したものであつて、この点を併せ考えても右合意を許されないものとは認められない。右合意が有効なものである以上、控訴人は被控訴人矢部に対し直に本件抹消登記請求権を有しないものといわなければならない。なお、控訴人は本件不動産につき被控訴人矢部に対する新債務の代物弁済としてその所有権を移転し現にこれを失つたものであることは原判決の説示するとおりであるから、この点においても控訴人は被控訴人矢部に対しもはや特別の事情がない限り本訴請求の利益を有しないものというべきである。

よつて、控訴人の本訴請求を棄却し被控訴人(参加人)高橋の本訴請求を認容した原判決は相当で本件控訴はその理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 村木達夫 山下朝一)

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